昨今の『世界の中心で愛をさけぶ』ブームに乗って、
読んでみました、原作の小説を。
買う前に、ネットで読者評に目を通して見たんだけど、
『涙が止まりませんでした。』とか、『二人の純愛に感動!』とか、
『今までで一番良い本に出会えました!』って言う人も居れば、
『この文章の書き方は、とても稚拙で学生が書いた小説のようだ。』とか、
『主人公の喋りがおかしい。』と言った事まで良くないって意見もあった。
結構、書き方については酷評が多かった。
それを読んでいて、始めは本の評価を気にしていたのだが、
だんだん本の評価より、評価を書いてる人の書き方が気になった。

『こんな本で感動してるなんて、レベルが低い。』とか書いてる人もいた。

僕は、いや、人が、本を読む楽しみのひとつに、
『自分の頭の中に描く世界』を楽しむってのがあると思う。
小説とかは、その世界を描くための台本みたいなもの?
でも、頭の中で描く世界は自分のものだから、
台本からちょっと美化したり、書いてない事を足したりするのは、
舞台で言うアドリブ、描く人の自由。
もし仮に台本が、不完全なものだったとしても、
その台本を元に、自分の中に自然に世界が描ければ、
その世界を描く過程を、本がしっかり導いてくれてれば、
その本は、それで良い本だと思う。
文法や言葉回しとかが、国語的に多少不自然でも、
読み手がそれを吸収して、途切れる事無く世界を描けていれば、
それで良いと思う。

ま、形にこだわり過ぎてもダメって事だ。
書き方の分析なら、感想を書く場所でやら無くても良いんだよね。
国語的におかしいって事にとらわれ過ぎて、
筆者の言いたい事を読み取れない方が、読者としてはレベルが低いと思う。
『文法の正しさ』と『感動』は、繋がってない。
子供の書いた詩で涙する時もあるじゃん。

『こんな本で感動してるなんて、レベルが低い。』って思った人。
何か忘れていませんか?