国内外で「#metoo」運動の話題がちらほら。
もちろん、性暴力、セクシャルハラスメントはいけない事だけど、
本当にバランスが難しいよね。

2R014465_rfm

セクハラの可能性を排除すべく、女性を参加させない宴を設けると、
それがセクハラだと言われるらしい。

あえて女性を参加させない「ハラミ会」はアリか? 議論巻き起こる

多くの女性は、そんなこと言わないのは分かっているが、
「女性を外すのは女性蔑視で、仲間に入れたら気を遣え」ってのはオカシイよね。
気を遣わない場にしたいから外すって宴も有っていいと思うんだよね。
それが自由ってもんだ。

クリスマスの定番曲、#MeToo運動受け放送中止に 米ラジオ局

昔から多くの人が聴いていたスタンダードナンバーが、
セクハラだと言われてラジオで流せなくなったそうだ。
ありえなくない?その曲、みんな、そんなに嫌がっていたのか?

日本で言うなら、桑田佳祐系の曲の一部は、もう放送できないことになる。
僕は、桑田佳祐のそういう系の歌は大嫌いだけど、それを禁止しろだなんて思わない。

これらの話って、結局、声のデカい人のクレームなんだろうな。
それが「女性蔑視」の方向に向かったモノ。
そういうオカシイ運動と、本当の正しい「#metoo」を一緒にしちゃいけないよな。

今のギスギスした世の中は、一部の声のデカい人が作っていると思っている。

そういう声のデカい人の声が、優しい人を壊していく。
例えば「お客様」相手には強く言えない側に、「お客様」って名を盾にガンガン言いたい事を言う。
それに「そんな馬鹿な事言われても」って反論できないから、最後には要求に屈する。
そうやって、自分の要求を通していって、「私が正しい、俺が正しい」ってやって、
年老いて死ぬとき、「いい人生だった」って思えるのかな。



あれ?今日の日記は、どこに向かっているんだ?
結論無いかもだけど、ここで終わり。