昨日の夜、寝る前にテレビを見ていたら、
スペースシャトルの打ち上げの模様を中継していた。
なにやらセンサーの不具合があったのに、
原因が分からず、動作確認すると正常動作するとのことで、
原因不明のまま打ち上げるとのこと。

今回の機会を逃すと、次回はずいぶん先に延期しなくてはならないので、
ムリヤリちっくに打ち上げてしまうそうだ。
TVではそのNASAの姿勢を問題視する声も・・・。

そんな声があっても、NASAの判断は変わらず、時は進み、
打ち上げのカウントダウンが始まる。
そして、何度か見た事のある打ち上げの瞬間。
宇宙に向かって加速していくスペースシャトル。
それを映し出すTV。
その画は、いつだかの画と同じ構図で映っていた。
そう、あの時と同じ構図。あの角度だ。
ケネディ宇宙センターに設置したカメラから撮影しているからか?
同じ角度での撮影となるのは。
あの角度で映っている間、なんともいえない不安感を感じた。

実際は、無事に宇宙に上がって、無事に打ち上げは成功したのだが、
あの画を見るたびに、僕たちは思い出すだろう。
あの悲劇を。

でも、NASAの技術者には、あの時の気持ちは無いのかも知れない。
「それ」を越える事と、「それ」を無視することは違うのに。